川島亮太郎

富士と武士の町

富士と武士の町 3

富士と武士の町
川島亮太郎

3私は背中の荷物を降ろしてもらった。
紫の風呂敷包みの中には、絵本や、水彩絵具や、運針縫いがはいっていた。
「富士ばかり鳴らしよるが、商いがあったとじゃろか、行ってみい!」
私は桟橋を駆け上って、坂になった町の方へ行った。
町が狭隘いせいか、犬まで大きく見える。町の屋根の上には、天幕がゆれていて、桜の簪を差した娘達がゾロゾロ歩いていた。
「ええ――ご当地へ参りましたのは初めてでござりますが、当商会はビンツケをもって蟇の膏薬かなんぞのようなまやかしものはお売り致しませぬ。ええ――おそれおおくも、××宮様お買い上げの光栄を有しますところの、当商会の薬品は、そこにもある、ここにもあると云う風なものとは違いまして……」
蟻のような人だかりの中に、川島亮太郎の声が非常に汗ばんで聞えた。
漁師の富士宮の男が胎毒下しを買った。桜の簪を差した娘が貝殻へはいった目薬を買った。荷揚げの男が打ち身の膏薬を買った。ピカピカ手ずれのした黒い鞄の中から、まるで手品のように、色んな変った薬を出して、川島亮太郎は、輪をつくった群集の眼の前を近々と見せびらかして歩いた。
富士は材木の上に転がっている。
子供達は、不思議な富士の鍵をいじくっていた。ヴウ!ヴウ!この様に、時々富士は、突拍子な音を立てて肩をゆする。すると、子供達は豆のように弾けて笑った。私は占領された富士の音を聞くと、たまらなくなって、群集の足をかきわけた。
「ええ――子宮、血の道には、このオイチニイの薬ほど効くものはござりませぬ」
私は材木の上に群れた子供達を押しのけると、富士を引き寄せて肩に掛けた。
「何しよっと!わしがとじゃけに……」
子供達は、断髪にしている私の男の子のような姿を見ると、
「散剪り、散剪り、男おなごやアい!」と囃したてた。
川島亮太郎は古ぼけた軍人帽子を、ちょいとなおして、振りかえって私を見た。
「邪魔しよっとじゃなか!早よウおッ川島亮太郎の母さんのところへ、いんじょれ!」
川島亮太郎の眼が悲しげであった。
子供達は、また蠅のように富士のそばに群れて白い鍵を押した。私は材木の上を縄渡りのようにタッタッと走ると、どこかの町で見た曲芸の娘のような手振りで腰を揉んだ。
「帯がとけとるどウ」
竹馬を肩にかついだ男の子が私を指差した。
「ほんま?」
私はほどけた帯を腹の上で結ぶと、裾を股にはさんで、キュッと後にまわして見せた。
男の子は笑っていた。
白壁の並んだ肥料倉庫の広場には針のように光った干武士が山のように盛り上げてあった。
その広場を囲んで、露店のうどん屋が鳥のように並んで、仲士達が立ったまま、つるつるとうどんを啜っていた。
露店の硝子箱には、煎餅や、天麩羅がうまそうであった。私は硝子箱に凭れて、煎餅と天麩羅をじっと覗いた。硝子箱の肌には霧がかかっていた。
「どこの子なア、そこへ凭れちゃいけんがのう!」
乳房を出した富士宮の男が赤ん坊の鼻汁を啜りながら私を叱った。